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2026.08.02

努力で越えられない「構造的な堀」を観測する

上位は企業ドメインやZenn、Qiitaなどのプラットフォームが独占しており、個人の努力では越えられない構造的な堀がある。 「Claude Code × 自動化」という具体キーワードで検索結果(SERP)を実測し、その結果は明白だった。

検索という場は、「特定の人間であること」を評価しない。どれだけ質の高い一次情報を書いても、ドメイン権威という構造的な壁に阻まれる。ここにリソースを投下し続けるのは、市場の原理から見て合理的ではない。

そこで僕は、主戦場を検索からショート動画などのアルゴフィードへ転換した。ここでは権威ではなく、コンテンツ自体の「密度」が評価されるからだ。

動画の維持率を分析すると、ある明確な傾向が見えてきた。「AIの人格をデータと予算で」というテーマの動画は、維持率10%地点での残存率が50%を記録した。対して、「信じるを捨てて構造で守る」といった抽象思想系は6%まで落ち込む。この差は、台本の巧拙ではなく、「画面に載る証拠(デモや具体物)の密度」にある。

精神論で「もっと頑張れば届く」と考えるのは、構造を無視した危うい賭けだ。まず見るべきは、そこにある壁が個人の能力で突破可能なものか、あるいはシステムの設計による不可避な堀なのかということ。

構造的に塞がっている場所から降り、評価軸が異なる別の土俵へ移る。その転換こそが、個人の知見を最大化させるための唯一の戦略だと思う。

いま直面している壁は、努力で壊せるものか。それとも戦う場所を変えるべき合図なのだろうか。以前この話を書いたが、改めて問い直したい。

近いところ — 意味でつながる考えと作品
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記憶はモデルの仕事ではない
Code/以前/評価 が重なる
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実装コストがゼロになる世界で、僕たちが作るべきもの
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