読み書きしかできない
文章を書く人工知能のことを、大規模言語モデルという。英語で large language model、その頭文字をとって LLM とも書く。オープンAIの GPT、グーグルの Gemini、アンソロピックの Claude が、それにあたる。以下ではモデルと呼ぶ。
AIに何ができるのか。
文章と、画像と、音声の読み書き。それと、プログラミング。それだけである。
四つしかない
順に並べる。
文章を読む。文章を書く。これがもとの機能で、翻訳のために作られたものがそのまま来ている。
画像を読む。画像を作る。写真を見せて何が写っているかを言わせるのも、言葉から絵を作らせるのも、両方できる。
音声を聞く。音声を話す。録音を文字に起こすのも、文章を声にするのも、いまは同じ仕組みの中に入っている。
プログラムを書く。これは文章の一種である。プログラミング言語は人が読み書きするための記法なので、モデルの側から見ると日本語と変わらない。
以上で全部である。
全部、並べる仕事だからだ
四つに共通しているのは、確率で少しずつ並べれば形になる、という点である。
文字は一つずつ並ぶ。プログラムの記号も一つずつ並ぶ。画像は雑音から少しずつ形に寄せていく。音声も細かい単位に切って順に決めていく。手順の細部は違うが、次に来そうなものを選んで足す、という動作は同じだ。
だから、この四つはできる。そして、この動作に落ちないものは、一つもできない。
「AIが〇〇した」を開けてみる
世の中で言われている話を開けると、必ずこの四つのどれかに入っている。
AIが会議を要約した。音声を読んで、文章を書いた。二つの組み合わせである。
AIが資料を調べた。検索したのは外側のプログラムで、モデルは返ってきた文章を読んで、文章を書いた。探す仕事は、していない。
AIがグラフを描いた。グラフを描くプログラムを書いて、それを外側で実行した。絵を直接描いたわけではない。
AIが予約を取った。この道具をこの内容で使え、という文字列を出して、実際に予約の操作をしたのは外側のプログラムである。
AIが表を作った。区切りのついた文章を書いた。表として見えているのは、それを受け取った側の表示である。
どれも、モデルがやったのは読むことと書くことだけだ。動いた部分は、全部その外にある。
四つの外にあるもの
裏返すと、この四つの外にあるものは、モデルには何一つできない。
覚えておくこと。前の話は残らないので、外側が毎回詰め直している。
数えること、順に処理すること。途中の値を持ち回る手続きは、並べる動作の外にある。
実行すること。文字列を出すところまでで、動かすのは外側である。
正しいかどうかを確かめること。そういう検査は仕組みに入っていない。
そして、これらは賢いモデルが出れば解ける類の話ではない。動作が入っていないので、外に足すしかない。
少ないが、足りている
四つしかない、と言うと少なく聞こえる。実際には足りている。
人の仕事の多くが、読んで書くことでできているからである。会議の内容を整理する、資料をまとめる、返事を書く、仕様を決める、それを形にする。並べてみると、ほとんどが読み書きだ。
そのうえ、四つのうち一つがプログラミングである。プログラムを書けるということは、四つの外にあるものを作れるということでもある。数えるのも、実行するのも、確かめるのも、それをやるプログラムを書かせればいい。
読み書きしかできない。だが、読み書きの中に、読み書きの外を作る道具が入っている。