2026.07.20
志望動機は書ける。続いたものは、捏造できない
キャリア
自己分析が外れるのは、方法が悪いからではなく、聞く相手が悪いからだ。「何がしたいか」と自分に聞くと、返ってくる答えは常に汚染されている——親の期待、世間の相場、直前に見た広告。願望は、言葉でできているから、いくらでも上書きされる。
いっぽう「何が続いたか」は、既に起きた事実で、誰にも書き換えられない。言われなくても続いたこと。気づいたらやめていたこと。行動の記録は、志望動機と違って盛れない。だから観測データはゼロではない。むしろ、盛れないデータだけが、もう手元に溜まっている。
紙を2列に分ける。左に「やりたいと言ってきたこと」、右に「気づいたら続いていたこと」。書き出すと、左右は一致しない。左の列は言葉が作った。右の列は時間が作った。これまでの選択は、ほぼ左の列だけで行われてきたはずだ。右の列は、まだ一度も使われていない。

右の列に並んだものをいくつか眺めて、共通点を探す。そこに写っているのが、宣言ではないほうの自分——向きだ。
自分を知る方法は内省ではない。自分の記録の読解だ。